【2月2日は夫婦の日】夫婦で都心の真ん中、日本橋で七福神巡りを楽しもう!
2月2日は夫婦の日。
ご夫婦でゆっくり、江戸下町の伝統ある街並みや懐かしい下町情緒を楽しんでみませんか。
日本橋は古くからの日本の歴史と文化が溢れている街です。歴史のある建造物やグルメなど魅力的なスポットも多くあります。
日本橋の七福神巡りは順拝距離が短く、日本で一番短い時間で参拝できるのも特徴です。
七福神巡りについて
七福神巡りは「七福神」と呼ばれる 恵比寿神、大黒天、毘沙門天、弁財天、布袋尊、福禄寿、寿老人の七柱の神様が祀られる七つの寺社を順番に参拝し七つの福を授かることができるという縁起を呼ぶお参り です。七福神への信仰は室町時代にはじまったとされます。七福神巡りは、それから500年に渡り私たちに受け継がれ愛されています。
七福神巡りをする時期
この七福神巡りは正月の松の内(正月飾りを片づける日まで)に行うと、大きな福がもたらされるといわれます。松の内の期間は、家に歳神様が滞在されると考えられます。そのため、 松の内の期間に七福神が祀られている寺社に七福神巡りをすると歳神様と七福神からの福をあわせて授かる ことができると考えられているからです。
このような福を授かれるという考えから七福神巡りは、お正月の松の内の期間が良いとされます。松の内の期間は関東と関西で異なり、関東では元旦から1月7日で関西では15日とされます。 お正月に参拝する七福神巡りでは、寺社で頂く7つの御朱印を1枚に押印してもらうことができる特別な用紙が頒布される こともあります。
正月以外の期間の参拝について
七福神巡りは、正月に参拝するのが基本的な参拝スタイルとされますが 寺社によって年間通して参拝できる ところも多くあります。日本橋の七福神では社務所がない規模の小さな寺社もあり、このような寺社では 正月の七福神巡りの期間以外は御朱印を頂いたり、お守りを購入することができない ため注意が必要です。
正月期間中の七福神巡りは混雑が予想されること、各寺社により御朱印対応などにも違いがあります。おでかけ前に、あらかじめホームページなどで確認してください。
都心の真ん中で楽しむ七福神巡り
日本橋は、昔から日本の中心部として繁栄してきました。 五街道の起点にもなる日本橋は歴史と文化を感じることができる人気の観光スポット です。今でも、重要文化財に指定される歴史ある建築物や最新の商業施設が混在した風景は懐かしさと日本橋特有の雰囲気を持っているのではないでしょうか。
日本橋は、日本経済の中心として現在でも発展し続け活気ある街として注目されるエリアのひとつでもあります。日本の中心部である日本橋ですが、神社が多い街としても知られます。このようなことから、日本橋エリアで七福神巡りを楽しむができます。
日本一短い時間で七福神巡りができる
日本橋エリアの七福神巡りは巡拝距離が短く、 一番短い時間、約2時間で参拝することができる のも特徴のひとつです。七福神巡りをする際は、江戸下町の伝統を持つ日本橋通りや人形町通りなどの繁華街を楽しむこともできます。あわせて、懐かしい下町情緒に触れながら参拝できるのも楽しみのひとつでしょう。
神社だけで構成される日本橋エリアの七福神
七福神の神様は神様と仏様の要素をそれぞれ持ち合わせていることから、寺と神社それぞれ祀られています。このようなことから、七福神巡りでは一般的には寺と神社の両方を巡ることが多いです。しかし、 日本橋エリアの七福神巡りはすべての神様を神社で祀られ、神社で構成 されています。これも日本橋七福神巡りの特徴です。
日本橋の七福神
七福神巡りの 出発点や順路は決まっていない ため、途中立ち寄りたいお店や場所次第で順路を決めてはいかがでしょうか。例えば、水天宮駅近くの「茶ノ木神社」から出発し人形町駅を中心に反時計まわりに巡るとスムーズに参拝できます。(茶ノ木神社→水天宮→松島神社→末廣神社→笠間稲荷神社→椙森神社→小網神社)
福禄寿「小網神社」
福禄寿は、健康長寿の神様です。小網神社の 福禄寿は、健康長寿のご利益と共に福徳、人徳、財徳など、多くの徳を授けてくれます 。また、小網神社は「強運厄除の神様」としても崇められています。こちらは、日本橋地区では唯一戦禍を逃れた建物で戦前の木造神社建築を楽しむことができる場所でもあります。
寿老神「笠間稲荷神社」
寿老神は、長寿の神様でありお導きの神、幸運の神として人々の運命を開拓する守護神 です。こちらの笠間稲荷神社は、日本三大稲荷のひとつである茨木県の笠間稲荷神社から江戸時代末期安政6年に笠間から御分霊を藩主牧野真直公画家様から江戸屋敷に奉斎したのが始まりとされます。
弁財天「宝生弁財天水天宮境内」
弁財天は、財運や芸術、学術など多くのことにご利益がある として広く信仰されています。宝生弁財天は、久留米藩9代目藩主・有馬頼徳公が加賀藩11代藩主・前田斉広公と宝生流能楽の技を競った際、弁財天に願をかけ、見事に勝利を収めて以来、宝生弁財天と敬うようになったとされています。
恵比寿神「椙森神社」
恵比寿神は、七福神の中で唯一日本古来の福の神 として古くは漁業の神、商売の神とされています。他にも、 五穀豊穣、開運招福、学業成就などの後利益 があり「えべっさん、えびっさん」といった愛称でも親しまれています。こちらの椙森神社は一千年の昔、将門の乱を鎮定のための戦勝祈願がはじめとされています。
大黒天「松島神社」
大黒天は、インド神話のマハーカーラとされ日本の民間信仰に合わせ姿を変えた神様です。 大黒天は、五穀豊穣や開運、出世、財運向上の神 とされます。松島神社の創建は口伝によると鎌倉時代、元亨以前この辺りが入り海であった頃、松の木が鬱蒼と生えた小島にある柴田家の邸内社で祀られていました。
天正13年に松島稲荷大明神として一般参拝の自由が許されることとなり、大正5年現在の松島神社として改称されることとなりました。
毘沙門天「末廣神社」
毘沙門天は、金運、開運、商売繁盛、勝運(合格祈願)、健康長寿、厄除など とされます。毘沙門天を信仰すると10種類の福が得られるとされます。これは、「毘沙門天王功徳経」というお経に書かれています。末廣神社は、慶長元年以前に稲荷祠として鎮座され、この地にあった吉原の氏神として信仰されていました。
延宝3年に実施された社殿修復で末廣扇が発見されてから、末廣神社と名付けられました。毘沙門天は勝運向上として有名ですが、その昔は疫病鎮めの信仰も集めていたため病気平穏、厄除け、財運向上、福徳羽根井などさまざまな御神徳を求め多くの人々が信仰するようになっています。
布袋尊「茶ノ木神社」
布袋尊は、無病息災、商売繁盛、開運などのご利益がある とされます。大きな袋を背負っている僧侶の姿なので簡単にイメージすることもできるでしょう。徳川時代、こちらは徳川時代三千坪に及ぶ下総桜の城主である大老堀田家の上屋敷であり、その守護神として祀られていたものです。
江戸下町情緒を楽しみながら七福神のご利益を
このように、都心の真ん中である日本橋で七福神巡りを楽しむことができます。
日本橋の七福神巡りはコンパクトなので、気軽に参拝することができるでしょう。日本橋エリアには、老舗グルメや和菓子屋が多くあります。散策途中に、このような老舗のお店に立ち寄って楽しむことができるのも楽しみのひとつとなるのではないでしょうか。
日本橋の七福神巡りは、規模の小さな神社が多く無人の場所もあります。正月松の内の期間は、人が多く混雑も予想されイベントも同時に開催されていることがあります。この期間以外に、七福神巡りをする際はホームページで営業時間など事前に情報を確認することでスムーズな散策を楽しむことができますよ。
やってみよっか?