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最古の伝承医学アーユルヴェーダ|こころも体も健やかに生きる秘訣とは?

初めまして。ヨガ&アーユルヴェーダ サントーシャ主宰の中里奈緒子と申します。

私が悩める会社員時代に出会ったヨガとアーユルヴェーダ。その出会いは、人生の目的と日々幸せに生きる秘訣を教えてくれました。そんな「生きる知恵」は、物や情報に溢れた慌ただしい現代を生きる人にとって、きっと多くのヒントになるのでは!と感じています。

この記事では、インド発祥の最古の伝承医学と言われている「アーユルヴェーダ」とは何かについて紹介していきます。東洋医学のベースとも言われるアーユルヴェーダの教えに触れることで、少しでも日々の暮らしや人生のヒントになれば幸いです。

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アーユルヴェーダとは

健康に幸福に生きるための知恵

アーユルヴェーダという言葉、やや聞き慣れない単語かと思いますが、 サンスクリット語のアーユス(Ayus=生命・寿命) ヴェーダ(Veda=科学・知識) の2つの単語からなり、「 生命科学 」という意味があります。

インドやスリランカを発祥とする5000年も前から伝わる伝承医学で、大昔の人たちがおそらく潜在的に知っていた「 健康で幸福に生きるための知恵 」的なものでした。いわば、おばあちゃんの知恵袋と言ったところでしょうか。

当時は今とは生活様式も多いに異なり、人間も自然の一部として調和を保って生きていました。

例えば、そもそも当時は電気などはなかったので日没と共に寝て、朝日と共に起床する。食べ物にしても今のような便利な運搬・流通システムなどなかったので、その土地で取れる季節の旬の農作物などを食べて暮らす。

そのような暮らしをしていたので、朝陽の光を見れば自然と生きるエネルギーが溢れ、雨水の恵に心から感謝の気持ちが湧いていたのではないでしょうか。自然のリズムに沿って生きる暮らしはシンプルで純粋な喜びに満ちていたのでは、と想像します。

アーユルヴェーダとの出会いと学び

私がアーユルヴェーダに出会ったきっかけ

私自身のアーユルヴェーダとの出会いはかれこれ十年以上前になるのですが、会社員時代に体調を崩したことが原因で、色々な健康法を試していた頃に初めてアーユルヴェーダの存在を知りました。漢方や鍼灸といったいわゆる東洋医学は割と日本でも知られていましたが、それよりもさらに昔からある、さらにそれらのルーツにもなっている医学と聞いて、何だかすごそうだな!と思ったのが始まりでした。直感的にピンと来て、その後すぐにインドに出向いてアーユルヴェーダを学ぶに至ったのです。

全ての概念を覆した、南インドの人々の暮らし

私が真っ先に勉強先に決めたのは、 アーユルヴェーダ発祥の地、インド最南端のケララという場所 でした。

インドというと、日本ではタージマハール、ボリウッド映画であったり、カレーやナンと言ったイメージで語られることも多いかと思いますが、それらはほとんど北インドのものを指している場合が多く、 南インドのことについてはまだまだ知られていない部分も多いのではと感じます 。(インドは人口も多くルーツも多種多様、地方によって全く異なります。)そんな私にとっても未知の地、南インドのケララはそれまでのインドのイメージとは真逆で雑踏やカオスとは無縁の地上の楽園のような場所でした。

そこはその当時、まだまだ舗装されていない道路の方が多いくらいで、子どもたちは裸足で駆け回っていました。湖では飼い牛が沐浴をし、その横では衣服を湖の水で手洗いしている年配の方々。 何とも大昔にタイムトリップしたかのような光景でした。 そのケララでのごく当たり前の日常の光景は、 私の目にはとてもとても平和で幸せが凝縮されているように見えました し、 会う子供達みな目がキラキラと輝いているように感じました

自然のありのままの姿に感動、幸せはすぐそばにあった

1ヶ月の講座を通してアーユルヴェーダの教えに触れ、さらに私自身もアーユルヴェーダのパンチャカルマと呼ばれる治療プログラムを受けました。毎日アーユルヴェーダ食をいただき、治療中はただゆっくりすることを勧められたので、湖に散歩に行ってはただただぼーっと湖畔を眺めたり、瞑想をしたりの文字通りのただゆっくりとした日々を過ごしました。

そんな日々を過ごす中で、私はあることに気がつきました。それは、「 物や情報に囲まれていない状態がどんなに贅沢なものであるか 」ということです。私は色々なものに溢れ返っている世界に心が疲れていたんだ、とそこに来てハッとしました。朝目が覚めて、窓を開け、太陽が煌々と光るのを目にした時に、表現しがたいほどの幸福感を感じました。

感謝の気持ちでいっぱいになり、そして気がつけば涙が出ていました。日本にいた時も当然ながら同じように毎日日は昇っていたのに、太陽の存在に気を止める余裕すらなかったんだなぁと我に返りました。

「幸福」とは何かを考える

さらに、逆に言うと、人は心も体も浄化されて、本来の自分の姿に近づいた時には、自分を取り巻く環境がどのような状況であっても、 目の前にある変わらないもの、例えばそれが太陽であったり、空であったり、そういったものに触れるだけで幸福感を得ることができるのだ ということに気がつきました。

まさにそれこそが、アーユルヴェーダのいうところの、「 幸せとは何であり、幸せに生きるためには何を心がけたら良いのか 」の教えなのではないかと身をもって感じることができました。

幸福に生きるためには多くを必要とせず(むしろ何もないくらいが良い)、自然の原理に沿った生活は心と体にバランスと調和をもたらし、心も体も健やかに導くということです。

現代にアーユルヴェーダの知恵を取り入れる

現代では、目まぐるしいほどに物や情報に溢れ返っています。それらは、何が本質で本質でないか、何が自分にとって大切で大切でないか、何が今の自分にとって最適で最適でないか、を考える暇すら与えないほどのエネルギーで私たちの元に日々迫っています。

そんな現代社会ですから、知らず知らずのうちに心や体のバランスを崩してしまう人で溢れ、中には自死を選んでしまう(自然界の中では人間以外ではあり得ないことですが)人も現れてしまうくらい、複雑で真の幸せを見出しにくい世の中になってしまっています。

アーユルヴェーダが教えてくれること

そんな現代社会においてこそ、 アーユルヴェーダの大昔からの”おばあちゃんの知恵”が役に立ってくれるのではないか 、と信じて止みません。「 生命に何が有益で何が不益か、幸福な人生と不幸な人生とは何か、何が生命にとって良いか悪いか、何が長命を招き何が短命を招くか 」(チャラカ・サンヒター 総説篇第1章より)について、アーユルヴェーダは教えてくれているのです。

人間もそもそも当然ながら自然界の一部なのだということを再認識し、その自然と調和して生きることの大切さに目を向けてみると、きっと何かが変わってくるのではないでしょうか。

自分自身と向き合い、理解するということ

次回はもう少し具体的にその古くから伝わる幸せに生きるための教えについてお話をしていきたいと思います。アーユルヴェーダと聞くと何だか難しそうにも聞こえるかと思うのですが、そんなことはないのでご安心ください。

アーユルヴェーダは一人ひとりの個性や違いを大切にし、尊重します。 まずは自分自身を深く知ることから始まります。理解していないものを取り扱ったりコントロールすることは不可能なように、自分自身のことを理解せずには幸せには導けないですよね。

ですから少し面倒であったり目を向けたくなってしまうかもしれませんが、まずは 自分という存在について向き合い、深く理解することから始めてみましょう

きっとその先には、今よりも少しスムーズに、そしてより幸福感を感じながら生きられる人生に変わっていくことでしょう。

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