山梨・上条集落 - 農泊運営者インタビュー「自然の声以外何も聞こえない、この景色を守り続けたい」
山梨県甲州市塩山市街から青梅街道(国道411号線)を大菩薩峠・奥多摩方面へ深く進んだところに「上条集落」はあります。
今では桃やぶどうの果樹栽培が主ですが、かつては養蚕が盛んで、家の2階で養蚕作業をする際の採光と通風のために、「突き上げ式屋根」をもった民家が多く建てられました。この集落のちょうど真ん中に「もしもしの家」という何とも可愛らしい名前のお家がありますが、ここが今回紹介する施設です。
その昔、集落に住んでいた人々がこの家に電話を借りに来るという習慣があり、誰からともなく「もしもしの家」と呼ばれるようになったという、大切なコミュニケーションの場でした。
江戸末期に建てられた建物も改修され、現在は宿泊施設・体験施設として生まれ変わり誰でも利用できる場所となりましたが、そこにはNPO法人山梨家並保存会の熱い想いと努力が詰まっていました。
今回は、地域おこし協力隊の一員であり、「もしもしの家」の管理・運営を行っている内田様に、お話を伺います。
離れてみて初めて感じる「田舎」の素晴らしさ
- 3年ほど前に山梨・甲州に移住したと伺いましたが、そのきっかけや思いを聞かせてください。
私は、2018年6月に山梨・甲州に地域おこし協力隊として着任しました。実は山梨県出身なのですが、大人になってからはずっと東京にいたんです。
そんなある時、知人より「山梨上条集落という場所がある」と聞いて遊びに来たことがありました。その時は別の管理人が運営されていていたんですが、その方が運営を続けられなくなりしばらくお休みしていると聞いていて、そのタイミングで地域おこし協力隊も募集されていたんです。
「自然も家並みもそのまま残っているこんな素敵なところを、閉鎖しているのはもったいない」「せっかく訪れた人のために滞在場所や宿泊施設があればいいのに」という思いで移住を決めました。
- 山梨ご出身ではあったけれども、「上条集落」はご存知なかったんですね?
全然知らなかったです。東京で知人に聞いて初めて知りました。来てみたら(カメラで私達に景色を見せながら)、この家は集落の中心にあって景色が素晴らしいと改めて思いました。
やっぱり、色んな人に知ってほしいという強い思いが湧き出てきて、それがきっかけになりましたね。
- 出身県であっても知らないことってありますよね。
そうなんですよね。しかも、「離れてみて改めて気づく良さ」というか。小さい頃は当たり前だったことを、離れてみて改めて「恵まれていたな」「素晴らしかったな」と思い知らされた感じです。以前は都心に住んでいたので真逆の環境ですよね。
地元民と利用者の思いが織り重なって誕生した宿泊施設
-「もしもしの家」について詳しく聞かせてください。実際に宿泊施設・体験施設として運営を始めるにあたって、どの様な経緯があったのでしょうか。
もともとここは空き家だったんですね。
最初に、農水省外郭団体「財団法人 都市農山漁村交流活性化機構」が2001年から2002年にかけて「茅葺き民家100選の選定調査」を行ったんです。その調査がきっかけで「NPO法人山梨家並保存会」が存在を伝えたことにより、初めて全国的にクロースアップされました。そして、この周辺の家やお堂(観音堂)などの建物が改修されたのが2010年頃になります。
国土交通省の補助金が下りて、古民家の再生、再活用が目的で改修されたと聞いています。茅葺屋根も全部葺き替えて、今の姿になりました。
- 最初は通常の古民家としての再建だったところから、現在の宿泊施設となるのには、どんなきっかけがあったのでしょうか。
その当時は情報発信の場として利用したり、時間貸しをしていたりしました。でもその中で、見学者の中から「宿泊もしてみたい」というお声が募り、平成29年7月に宿泊免許を取って、正式に宿泊施設としてスタートさせたんです。
当時、別の名前で運営していたのですが、その時に施設の愛称を募集しました。すると、昔からいる地元民に「もしもしの家」のエピソードを知っている方がいて、その名前を採用したんです。昔この周辺の人々が親しみを込めて呼んでいた名前に、もう一度戻った感じですね。
当時、特別ここがお金持ちのお家だったというわけではなく、集落でお金を出し合って電話を購入する時に、ちょうどこの家が集落の中央にあって皆が利用しやすかったからこの家が選ばれたそうです。
- そういう皆で協力する感じも集落ならではですね。ひとつ屋根の下だけではなく、集落全体がひとつの大きな家族のような。
本当にその通りですね。皆さんで協力し合って生活しているのは、昔も今も何ら変わりません。
「また会いに来たい」と自然に感じさせてくれた、温かい優しさ
- ほうとう作り、集落見学、農業体験を企画するのにも、集落の人々が協力してくださるのですか。
まさに、地域の人々の協力があって運営が成り立っています。私達は、協力してくださる地元の方達を「お母さん達」と呼んでいるのですが、人数が多い時にお手伝いを依頼しています。「仕事」という概念ではなく、「交流の延長」という感じです。
参加者はお子様もいらっしゃいますが、意外と大人の方が多いですね。コロナ渦ではなかなか交流事業はできないので、食材の提供や私からの説明のみになりますことご了承ください。
- 地元の方と交流できるのも素晴らしいですが、もしもしの家の台所で準備して食事するというだけでも、貴重な体験ですね。
そうですね。ここ自体は江戸時代末期に建てられたものを改修して、当時の雰囲気や趣もそのまま残っています。農泊を知っている人も知らない人も、様々な方が来られますよ。
- 宿泊に来た方々、アクティビティを体験された方々との印象的なエピソードなどありますか。
(カメラを持って母屋=宿泊棟から、納屋=体験施設へ移動)
納屋には、囲炉裏やかまどもあります。アクティビティをした人が、「今度は他の果物の収穫を手伝いたい」「また会いたいのでまた来ます」と自ら言ってくださった時は本当に嬉しいですね。
- 一般的なホテルに泊まって「この人に会いたいからまた来るよ」という感覚ってあまりないと思うのですが、そういう部分も農泊の醍醐味ですね。
本当に。その点は間違いなく魅力の一つだと思います。
私自身も、ここに移住したいなって思ったきっかけの一つが「地元のお母さん達の優しさ」でした。恥ずかしがり屋の方が多くて、手伝っていただく時も最初はシャイで「恥ずかしいな~」と仰っていました。でも、打ち解けたら、普段の生活の話などをしてくれる。
例えば、実家が都会の人達、田舎に親戚がいない人達にも、少しでも「田舎ってこんな感じなのかなあ」と感じてもらいたいです。
- そこは大きいかもしれないですね。「人間の温かさ」というか。「地元のお母さん達」と言っても、内田様が子供の頃から知っている関係性ではなく、大人になって初めて出会ったということですよね。それでも、心に残る深い交流になるのは、本当に貴重な経験ですね。
挨拶やちょっとした会話でも、温かさや優しさを心から感じる瞬間ってあるじゃないですか。
会話きっかけで「これ食べてけば?上がっていきな。」とお家に呼ばれることがあったり、そういう温かさとか人間性ってお金で買えないですよね。
昭和20年頃の暮らしが今も息づく、歴史ある風景
(そのままカメラを持って部屋を案内)お風呂・トイレは使いやすいように現代風で快適ですよ。階段が急過ぎるため2階部分は宿泊免許が取れていないので、私がいる時にご案内しています。
2階には、昭和20年頃の上条集落の景色と今の景色の写真がありますが、家のある場所や形はほとんど変わってないんですよね。
養蚕をしていた突き上げ屋根の部分には椅子などあって休憩できるスペースがあります。私、ここからの景色が一番好きで。茅葺屋根越しに外の景色が見えて、茅葺屋根を下からも眺められますよ。
皆で守り続けた”自然の呼吸”、心からの「ありがとう」を
- 最後に、内田様が思う、移住しようとまで思わせるような上条集落や甲州の魅力、最も惹かれたところを教えてください。また、都会暮らしと比べて「幸せ」や「充実」を感じる時はどんな時ですか。
すごく漠然としているのですが、東京にいた時には気付かなかった「音」や「匂い」に気付くようになりました。普段過ごしている中で聞こえるのは、鳥の声、虫の声、畑作業の音くらいなんですよね。
風が変化して「ああ、雨が降るのかな」とか、意識したことなんてなかった。自然に五感をフル活用して、生きている感じが味わえるところが魅力ですね。きっと数時間でも感じることはできるけど、やはり宿泊してみて感じられることも多いと思います。向こうの山に雲が湧いてきたとか、晴れてきたとか、自然の移り変わりが味わえるんですよね。
あと、建物あっての自然の楽しみ方というか、「縁側」の素晴らしさというか(私、「縁側」に憧れがあったんです)。都会でも自然はあるけど、古民家だからこその昔の人の想いを感じながら風景を見れるところも本当に好きです。
「保存しよう」ってならなければ、ここも取り壊されてたと思います。でも、色んな人の想いが合わさってこの集落、景色、自然を残してくれたのを目の当たりにすると、『ありがとう』という気持ちになります。こういう環境を作ってくれて、そのままのかたちで保存してくれて、現代の人達にも楽しんでいただけて…もう色んな想いが溢れての『ありがとうございます』ですね。また、様々なご縁があって今それに携われている自分も、とても生きがいを感じてこの仕事をさせていただいています。
あとは、甲州市はさくらんぼ、もも、ぶどう、すももなど果物が沢山あって、この周辺でも収穫体験ができます。実際の農家さんってどんなんなんだろうって、少しでも知っていただけるきっかけになれば嬉しいですね。
インタビュー後記
内田様の柔らかくゆったりとした口調の中に「この風景を守り続けていく」という芯の通った強い意志をひしひしと感じました。インタビュー中も、カメラで風景や部屋の内装を見せてくださり、自分がこの環境にいること、それを誰かに紹介できることが幸せで仕方がないといった様子だったのがとても印象的です。都会の雑踏から離れて、自然の息づかいが聞こえてきそうな上条集落を、ぜひ訪れてみてください。
やってみよっか?