【特別インタビュー】広島県の港町 鞆の浦・お宿と集いの場 燧冶(ひうちや)「誰もが泊まれるやさしいお宿」
岡山との県境に位置する広島県福山市。福山駅から南へ14km、瀬戸内海の中央に位置する港町 鞆の浦(とものうら)に、誰でも泊まることができる「やさしいお宿」があります。
この土地で生まれ育ち、現在お宿の管理人を務める羽田知世さんにお話をうかがいました。
全国でも珍しいノーマライゼーションをコンセプトにした古民家の宿は、どのような経緯で出来たのでしょうか。また、鞆の浦の魅力についてもたっぷりお伝えします。
誰でも泊まれる・人が集える「やさしいお宿」
-「お宿と集いの場 燧冶(ひうちや)」は、古民家を改装した施設ながら、お年寄りや車いすをご利用の方でも安心して宿泊できる「やさしいお宿」をコンセプトにされていますね。お宿を始められたきっかけを教えてください。
この宿は
介護施設「さくらホーム」が母体
となっています。ここは元々90歳のおばあさんが一人暮らしをされていたおうちでした。介護施設のスタッフがこちらのおばあさんを
気にかけて時々のぞきに来たり、お話をしたりと、近所付き合い
があったんです。
そのおばあさんが亡くなり、空き家となってしまった建物をどうするかという話になった際に、介護施設にお話をいただきました。その段階では特に誰が何に使うか決まっていないままでしたが、
施設で買い取ること
になりました。
- 最初はお宿にするとは決まっていなかったのですね。
はい。ここを買い取った後に、鞆のまちのみんなに喜んでもらえる場所にするにはどうするべきか、たくさん話し合いました。「 ここに何があったら嬉しいか 」「 どんな場所になってほしいか 」というのを、施設の利用者や近所のお年寄りの方など、延べ100名くらいから意見を聞いたんです。
そして、このまちはお年寄りが多いことから、祭りや休暇などで子どもたち一家が帰ってきても布団の準備などの負担が大きいため、 帰省時に泊まれる施設がほしい という意見が出ました。また、私たちの会社でも地域福祉のための勉強会や研修会を行うことがあり、県外から人を招く場合もあります。そういうときに使える 宿泊施設があったら良い よね、というアイディアが出てきました。
でも、地元の方は宿ができても泊まりには来ませんよね。私たちは地元の方の役にも立てるような施設にしたかったんです。例えばふらっとお茶を飲みに来れたり、俳句会などのイベントに使えたりと、いつもと違う空間で心穏やかに過ごせるような場所になったら良いなと思いました。そうして、「 お宿と集いの場 」として運営していくことが決まりました。
-ホテルや旅館だと宿泊者が「お客様」という意識になりますが、ここは集いの場でもあるので、より主体的な過ごし方や、地域に溶け込んだ暮らし体験のような使い方もできそうですね。
そうなんですよ。 泊まりに来た方には「お客様」として接するというよりも、対等な距離でいたいなと意識しています。 地元に入り込んでみたいという方だったら、まちをご案内したり、ご希望によってはまちの誰かを紹介したりもしています。
-「やさしいお宿」を実現するために、工夫されていることは何でしょうか。
誰でもふらっと一人で泊まりに来れるようなお宿
を目指しています。気を使わずに過ごしてもらえる場所にしたいので、誰かの手を借りなくても車いすで動けるよう、傾斜のゆるいスロープを設置したり、一人でも起き上がりやすいように電動ベッドを導入したりしています。
障がいをお持ちの方や、車いすをご利用の方は、
家だったら自分で出来ることも、外に出かけると難しいことが多い
ですよね。旅行に行くにも、普通だったら目的地を決めてから宿を探しますが、そういった方々はまず自分が泊まれる宿があるかどうか調べてから行き先を決める。
旅行の選び方が逆
なんですね。
そして宿泊先はビジネスホテルなどの設備が整った場所になりがちです。
鞆の浦なら、
まちも自信を持っておすすめできます
し、
古民家での滞在を楽しんでいただけます
。そういう選択肢があるよ、ということを発信していきたいですね。
- そのような動きが全国にも波及していくと良いですよね。
そうですね、このように 介護施設が宿を運営するのはアリ なのでは、と思っています。介護が必要な方がいらっしゃったときも資格を持ったスタッフが手伝いに来ることも出来ますし、お年寄りや障がいをお持ちの方でも安心して泊まりに来ていただけますよね。
「燧冶(ひうちや)」に込められた思い
-「燧冶」という名前も個性的ですよね。由来とそこに込められた思いを教えてください。
このあたりの海、広島から愛媛県の今治あたりまでの灘のことを
燧灘(ひうちなだ)
と言うんです。
父の世代では「
灘に遊びに行く
」と言うくらい、燧灘という言葉に馴染みがあったそうです。でも私たちの世代では聞いたことがないくらい、今はあまり使われていなかった。私たちの世代や次の世代に「ここが燧灘なんだよ」というのを伝えていけたら良いなと思い、「
燧(ひうち)
」という字を使うことになりました。
「
冶(や)
」という字は鍛冶屋の「冶(じ)」ですが、このまちは昔から漁師町だったので、鍛冶屋さんが船首や錨(いかり)を造り、栄えてきた歴史があります。
また、この字には「
今あるものに手を加えてより良くする
」という意味があるそうです。元々はおばあさんが住んでいたこの場所も、
私たちが手を加えることでより良くしていきたい
、
このまちの人と外から来る人を繋ぐ存在になれれば良いな
という思いで「
燧冶(ひうちや)
」と名付けました。
- ロゴも素敵ですよね。どういったコンセプトで作られたのですか。
まず、このデザインは火花を表しています。燧灘(ひうちなだ)では燧石(ひうちいし)が取れるんです。
昔は旅立つときに石と鉄を打ち合わせて火を起こして「
元気に帰って来てね
」と祈るような風習がありましたよね。そうやって石と鉄が合わさって火花が散って新しい物が生まれるように、
ここで多様な人たちが出会い、何か新しいことが始まる場所
になったら良いなという願いを込めました。
2つ目に、
漢字の「心」
にも見えると思います。これはコンセプトである「やさしいお宿」の思いを込めています。そして実はもう1つ、
ひらがなの「ひ」
にも見える形になっているんですよ。
- いろいろな要素が組み合わさって新しいものを作る、というお宿のコンセプトがロゴにも表れていて素敵です。何かここで生まれる気がしますね!
古くから続く鞆の浦・鞆のまちの日常と文化
- 羽田さんはここで生まれ育ったんですよね。 羽田さんにとって鞆の浦・鞆のまちはどんな場所でしょうか。
まちを歩いているとあちこちで知り合いに会い、互いに気軽に声を掛け合います。そしてその知り合いは私だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃんのことまで知っている。家族代々育ってきた場所で、
自然な安心感
がありますね。
自分はここで生まれ育ったのでそれが自然でしたが、
外に出てみるとそれが当たり前のことではない
と分かりますし、訪ねてきた友人や外部の方には驚かれます。
- 先ほど1~2時間ほど一緒に散歩させていただきましたが、本当によくまちの方から声をかけられていましたよね。ゆったりした空気や温かさ、心地良さを感じました。
嬉しいです!
- お祭りの文化もあると聞きました。
年間70日が祭りと言われているくらい、毎月何かの祭りがあります。祭りが近づくと毎晩みんなで集まってお酒を飲みながら一緒に準備をしたり、太鼓の練習をしたり、お揃いの着物を作ったり。 祭りの準備期間で濃い人間関係が形成 されていくんだと思います。おせっかい焼く人もめちゃくちゃ多いんですけど(笑)ここがそういうまちで在り続けられるのは、祭りのおかげだと思います。
ただ、人口減少で祭りの担い手不足も深刻になってきました。地元の人だけでこの祭り文化を続けていくのは厳しい状況があります。 できたら旅に来ていただいた方たちにも、祭りを体験してもらいたい ですし、さらには 毎年「この祭りに来るよ!」という関係 ができたら良いなと思っています。
- お祭りの当日参加するだけではなく、準備段階から関わって、一緒に作っていけたら連帯感も生まれそうですね。
そうですね。そういう経験をしていただけたら、「 ここにもう一回来よう 」と思ってもらえるのではないかと思います。 「鞆のまち」のファン が増えると嬉しいです。
滞在型だからこそ感じられる鞆のまちの魅力
- 鞆の浦でこれを見て欲しい、これを体験してほしい、というものはありますか。
この宿から徒歩5~10分ほどのところに、「 青空市場 」というなんでも屋さんのようなお店があります。野菜、果物、お惣菜、日用品などなんでも揃う場所なんですが、地元の人しか行かないところなので面白いと思います。
お店の人がお客さんの好みも把握 していて、「この人が来たらこれを買うな」というのを分かっているんです。「あんたこれ好きじゃろ、持って帰り」とお客さんに声をかけていたり、お金の計算が難しいお年寄りはツケ(払い)もできたりするんです。認知症のおばあさんが何回も同じものを買おうとしたら、「これ2日前買っとったけ、今いらんよ」と教えてくれることもあり、そういう人間関係がお年寄りの安心感にも繋がっていると思います。
私の職業柄かもしれませんが、そういう部分を見てもらいたいなと思います。 鞆のまちの日常の部分を、滞在中に感じてもらえたら。
- このまちではお年寄りが生き生きされていて、行動が制限されず、自由に動けるという印象があります。
都会だと、若い人がおじいさんやおばあさんに触れ合う機会があまりないですよね。誰でも歳を取るのに、どうなっていくのか知らないのは怖いじゃないですか。
でも このまちではおばあさんの笑い声がよく聞こえてきて、お年寄りが楽しそうに過ごしている様子が見えます 。歳を取ることや認知症になることが怖い、なんとか防ぎたい、という風潮がありますが、ここではそれを 自然に受け入れていくこと ができるんです。このまちへ来る方にも、同じように感じてもらえるんじゃないかなと思います。
- 鞆の浦に来たら、歳を取ることをポジティブに感じられそうですし、家族にも優しくできそうな気がしますね。
それはめちゃくちゃ嬉しいです!お祭りに案内した若い大学生が、「 これからは自分の地元の祭りにも参加してみたい 」とか、「 おばあちゃんと今度一緒に来たい 」と言ってくれたことがあります。やはりそういう風に思ってもらえたら嬉しいですね。
- その他、お宿周辺でおすすめの場所はありますか。
宿から道路を挟んですぐ海なのですが、 季節によっては釣り竿を垂らしておくだけで釣れちゃうような釣りスポット です。周辺にはお寺がたくさんあり、綺麗なお庭や歴史的に価値がある仏像も多く、 お寺巡り もおすすめです。
仙酔島(せんすいじま) も鞆の浦で人気の観光スポットで、船に乗って渡るのでお子さん連れでも楽しんでいただけますよ。 島から見る鞆のまちの景色もすごく綺麗 です。
また、ここは坂が多いまちなんですが、頑張って坂を上った先の景色もおすすめです。 高台から湾や港を臨む景色 が私はとても好きなんです。 医王寺(いおうじ)の太子殿から眺める湾と朝日がとっても綺麗 なので、ぜひ早起きして歩いてみていただくことをおすすめします。
- 早起きしたくなる場所ですね!
そうなんです、お年寄りは早起きなので、 朝が一番活気がある んです。漁師町なので、漁師さんが獲ってきた魚を奥さんがさばきながら販売している光景も街を歩いていたら見られますよ。宿の二階のお部屋から海が見えますが、船が出る場所も近いので、朝の出港の様子なども見ていただけると思います。
- ゆったりとした時間が流れ、懐かしさと人の温かさを感じる鞆のまちですが、燧冶さんは、その鞆のまちに暮らしているような感覚になるお宿です。たくさんの方にぜひ泊まっていただきたいですね。
今日はありがとうございました。
インタビュー後記
「お宿と集いの場 燧冶」を誰にでも快適に過ごしてもらえる場所にしたい、昔から続いてきたまちの日常や文化を体感してほしいという羽田さんの気持ちが伝わってくるインタビューでした。何より、鞆のまちが本当に好きだということが感じられる羽田さんの穏やかな表情が印象的でした。
鞆の浦は尾道や倉敷へ向かう観光客が日帰りで立ち寄ることが多いそうですが、このまちの人の温かさや、高台から眺める美しい朝日と湾の風景など、滞在するからこそ見えてくる良さもたくさんあります。
やさしいお宿のあるやさしいまちへ、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょうか。
やってみよっか?