道東・釧路湿原
冬は北海道唯一のSL、夏にはトロッコ風観光列車が走るローカル駅「塘路」に建つゲストハウス『THE GEEK』
この地に魅せられ移住を決めた若きオーナーに迫ります。
海外渡航が制限され、旅への熱を持て余していた2020年秋。高校時代からの友人に、「すごいところに連れて行ってあげる!」と言われ、その場で釧路空港までのLCCのチケットを購入。気付くと私は道東・標茶町のゲストハウス「THE GEEK」にいた。興奮すると極端に語彙力が低下するため、「わーー!」と「すごーい!」しか言えなかった。それぐらい「すごいところ」だった。
目の前に広がる釧路湿原。たった1車両のJR釧路線が通ると、それはまるでジオラマの世界で、通過時間を調べてはカメラを向けた。生憎の曇り空で満天の星を見ることができなかったが、たくさんの野生動物に出会った。こんなに近くでエサをついばんでいるが、タンチョウは確か国の特別天然記念物ではなかったか...?
その現実離れした環境の中で、スタイリッシュなゲストハウスを切り盛りするのはなんと「移住者」の達川慶輔さん。彼の作り出す心地よい空間に、誰もがTHE GEEKのファンになる。
そんなとっておきの場所を、読者の皆さまにご紹介します!
大学を卒業後、いわゆる大手企業に就職されたオーナーの達川さん。東京で会社員として淡々と過ごす中で、ふと「このままじゃ駄目だ」と今の状況を変えたいと考え始めました。そこからは一瞬。会社という進路を断ち、次に何をするかは明確に定まっていないまま退職されました。
ーー ギークをつくるために退職されたわけではなかった!?
達川さん:自営業の父を見ていたので、いつかは自分も起業しようと思っていました。実は3年で退職と宣言して入社したんです。それを受け入れてくれた会社には感謝していますし、今でも会いに来てくれる仲間もできて、その会社に出会えたことは財産になりました。
ーー では、ギークを始めようと思ったきっかけは?
達川さん:退職を決意した頃、タイミングよく父から道東に遊びに来ないかという誘いがあり標茶町を訪れました。そしてこの景色に一目惚れ。雪で覆われた湿原の中を漆黒のSL列車が走る光景は今でも忘れられません。学生時代から心に残っていた「空間づくり」をここでやろうと決めました。
ーー 確かにここは、一目惚れしても不思議ではないですね!
ーー 学生時代からゲストハウスをつくりたいと思っていた?
達川さん:いえ、そうではないんです。留学中、ポートランドでACE HOTELへ立ち寄った時のこと。バーで初対面の人たちとビールやコーヒー、旅行の話で盛り上がりました。そこは国籍や人種、年齢とかも関係なくて、誰もがフラットに語り合える場所で。すごく素敵な時間を過ごして、僕もそのような空間づくりをしたいという想いを持ちました。ただ、ゲストハウスにこだわってはおらず、カフェでもコアワーキングスペースでもよかったんです。
ーー なるほど、「人と人を繋ぐ空間」を作りたかったのですね。
達川さん:そうですね。寮生活も含め誰かと過ごす期間が長かったので、ただでさえ人が好きな性格が、もっと好きになりました(笑)出会いは全て自分の学びや経験になると感じているので、たくさんの人と出会って話せて、「幸せ」が見えるような空間で働きたいと思ったら、ゲストハウスになりました。
ーー 初めて訪れた場所を選ぶというのは簡単な決断ではなかった?
達川さん:振り返ると僕は、節目ではいつも場所を変えているんです。高校はスイス、大学は東京、そしてアメリカに留学。卒業後は東京に戻って就職。場所を変えることで自分の成長につなげてきたので、標茶町に移ることも流れとしてよかったんです。もちろん事前のリサーチで、この土地のポテンシャルも確信していました。
ーー 標茶町に移住されて、どのように地元コミュニティにアプローチを?
達川さん:まずは地域のことを知ろうと思い、湿原カヌーを体験したり、地元のブランド牛の生産者を訪ねたり、インターネットで調べて気になる場所や気になる人のところに、とにかく足を運びました。若い人の話も聞きたいと思い大学にも行きました。もちろん不審者だと思われないようにキャリアセンターの方と話してからですよ(笑)
ーー 素晴らしい行動力!地元の方の反応は?
達川さん:有難いことにみなさん歓迎してくれました。そうして1年ぐらい経った頃、サウナ建設のためにクラウドファンディングをすることになりました。その時も地元の方に協力していただき、リターンを地元の特産物にしたんです。外から来た人が美味しいと感じた 「ここでしか買えなくて知られていないもの」を発信していきたいと思ったんです。それがきっかけでさらに多くの新しいつながりができました。
ーー 高校生からの支援もあったとか!?
達川さん:はい、地元の標茶高校で地方創生の勉強をしていた学生さんがギークのクラウドファンディングを見つけてくれて、森林ゼミの友人に声をかけて、地元の倒木からとった芳香蒸留水を使って、サウナ内に香りを広げたらいいんじゃないかと考えて、サンプルを持ってきてくれたんです。行動力のある若者たちと出会えて嬉しくなりました。
ーー 「年齢を超えてフラットに話せる」はギークの原点ですね。
達川さん:その子たちは標茶町にギークみたいな場所ができて嬉しいと言ってくれました。僕も誰かのきっかけになれたことがとても嬉しかったです。そしてギークという空間は、新しい人と出会える場所になったんだなと実感しました。
ーー クラウドファンディングで完成したサウナはいまやギークの顔ですね。
達川さん:ここは北海道内でも札幌や函館、旭川などから離れた日本の最東端エリアで、どうやって人を呼び込むかは重要なポイントでした。そんな時、長野県の野尻湖にあるゲストハウス「The Sauna」に出会ったんです。その場所に感銘を受け、サウナ界の有名人、野田クラクションベベー氏にプロデュースを依頼しました。
ーー やるからには最高のものを!ですね。サウナ建設の裏話は?
達川さん:海上コンテナの中にサウナ設備を作ったんですけど、実は岡山から鉄道で運んでもらったんです。ギークからはSLが見えるので、SLがコンセプトのサウナにしようと決めていて。そこにストーリーを持たせるために、陸送ではなくあえて鉄道輸送でお願いしました。ギークに到着した時には「うちの子になった感」があり感動しました(笑)
ーー 見えないこだわりもぜひみなさんに知ってもらいたいですね。
ーー ギークではお料理にも心をこめていますよね。
達川さん:北海道産の素材をメインに使っています。僕が料理が好きなのは母の影響で、東京で料理教室をやっている母からアドバイスをもらったり、仕入先を紹介してもらったりしています。
ーー お母さま監修ですか!ギークでは達川さんのお姉さん、弟さんも働いているとか?
達川さん:はい、獣医学部出身の姉は、来年ギークの近くに牧場を開業するために動いています。弟は転勤で札幌に来て会社員をしていたのですが、僕が忙しくなってきて一人では回せなくなり、信頼できる人と一緒にと思い札幌に通って口説きました(笑)親も自分も姉や弟もそれぞれ海外も含めて別々の場所で学んだり、仕事をしていた経緯があり、実は家族5人が同時期に同じ場所にいたことがほとんどなかったんです。結果として今みんなが同じ方向を向いてここに集まっていますが、僕らは幼いころから「人生どうありたいか」「そのために今をどう過ごすべきか」を考えるように育てられたので、この場所でビジネスやそれぞれの思いを自己実現するために動けているのはいいことだと思っています。
ーー 大人になって家族で働くってやりやすい?やりにくい?
達川さん:やはり甘えが出てしまうところはあります。ただ、信頼できるという点は何にも代えられない。自分事としてお互い助け合えるのはいいところです。それぞれの経験が点としてつながり、線になり面になるのは楽しみです。
ーー わたしもまた達川ファミリーに会いに行きたいです!
旅先を選ぶ時、私は同じ場所を何度も訪れるタイプだ。ロンドン、パリ、マドリッド。またいる(笑)といつも言われていたが、それは歓迎の言葉だと受け止めている。もちろん知らない場所に行き、初めての景色に触れることも旅の醍醐味だ。ただ、会いたい人がいて、そこに行けば自分が生き返ることを知っている、そんな場所があることはこの上ない幸せで、旅をする動機にふさわしい。
コロナ禍を経て、旅をすることが特別だと気付き、いわゆる「観光」から「滞在」に変わりつつあるように感じる。そして、滞在するのであれば、景色、食事、体験とともに外せない要素は「人」ではないか。THE GEEKに行けばその滞在を彩ってくれる「人」がいる。来てよかっただけでなく、また来ようと思わせてくれる場所こそ、旅の目的地として選ばれ続けるでしょう。
ぜひ一度、達川ファミリーに会いに、THE GEEKを訪れてみてください!
■ いつかの旅に
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